皆さんこんにちは。
東芝の「不適切会計」事件には驚きましたね。
会計業務に携わるものとして、襟を正す思いです。
脱税・粉飾は確かに大きな事件ですが、租税法には、それ以外にも重要な判例があります。
今回は、そのうちの一つ、「長崎生保年金二重課税事件」を紹介します。
(原審)長崎地裁:平成18年11月7日、福岡高裁:平成19年10月25日、最判:平成22年7月06日
今年の平成27年の1月1日から、基礎控除額の引下等が盛り込まれた改正相続税法が施行され、
世間では去年から相続税の話題が盛んです。
相続で不動産を取得したときには「時価」で評価されて相続税が課せられて、
その不動産を売却(譲渡)したときも「時価」でその不動産を評価して所得税が課せられます。
さて、皆さんは不思議に考えたことがありませんか?
これは相続税と所得税の二重課税ではないのか、と。
この問題について、租税法では、次のような関係になっています。
被相続人死亡時 → 相続税 (一時・偶発的な所得に対する課税。所得税は非課税)
物件売却時 → 所得税 (譲渡所得…被相続人の取得時からのキャピタル・ゲインに対する課税)
つまり、相続時に取得した財産に対する所得税は非課税とされており(9条1項16号)、
二重課税にならないような課税体系が構築されていることがわかります。
ところが、この体系からこぼれ落ちる課税関係がありました。
それが「年金特約付き生命保険」、一般的に「相続等年金」と呼ばれているものです。
一連の裁判では、この「相続等年金」の毎年の「受取額」と「元本部分の金額」の差額への課税関係が争われました。
結果、国税庁は過去30年にわたって行われていた、毎年の年金額を雑所得の課税対象とする取扱いが誤りであったことを認めました。
実務的な対応として、 最高裁の判例通り、差額部分の一部のみを課税対象とし、
改正法施行日から過去10年分の還付を認めるという、異例の措置が取られたのです。
※
正確には、「更正の請求」の規定通りの5年間に、
「特別還付金」として5年間の請求可能期間(平成12年分~平成17年分)が加えられました。
ただし、この「特別還付金」の請求期間は、改正法施行日の1年後である平成24年6月29日までとなっていますので、
平成27年7月現在では請求は不可能となっております。 ご注意ください。
この事件及び判例は、2つの意味でとても大きな事件であると考えられます。
1つ目はその内容です。
上記のように、この裁判は所得税法9条1項16号の解釈に新たな光を当て、
相続税と所得税の関係についての根本的な理解の再考を促しました。
この事件は当時も非常に大きく扱われ、法律雑誌「ジュリスト」でも特集が組まれたほどです。
『ジュリスト 生保年金二重課税判例のインパクト 2010年 11/1号』、有斐閣

ジュリスト、初めて買いました。
2つ目は、原告の立場、裁判の進め方です。
これほどの大きな影響のあった裁判ですが、原告は長崎の一主婦である相続人で、
220,800円の年金の源泉徴収額をめぐるものでした。
当裁判の補佐人となった税理士はその相続を扱った税理士で、税務訴訟専門の事務所のような、数十人の弁護士・税理士が所属するような大きい事務所ではありません。そんな中、担当税理士が「税理士補佐人制度」を積極的に活用して、最高裁の判例まで辿り着いた事件でもあります。
この裁判の過程は実にドラマチック。
最高裁判決に至るまでの逆転劇、市井の税理士の情熱、原告の税理士への信頼などは、
話としても実に興味深いものがあります。
これについては、担当税理士自らの筆によるこちらの本があります。
『長崎年金二重課税事件―間違ごぅとっとは正さんといかんたい!』、江崎鶴男、清文社、2010年
(何回読んでも、サブタイトルを正しく書くことができません・・・)

「逆転勝訴」です。
このように、大規模な粉飾や脱税事件ほどの派手さはありませんが、
租税法の事件・判例は、時に一般市民のオカシイ、という判断が、
それまでの慣例を覆すことがよくあります。
このような判例を学ぶことが税務訴訟を学ぶ醍醐味である、と言えます。
最後に、所得税法を課税実務からでなく、法律の面から解説する本として、
次の本を紹介します。
『弁護士が教える 分かりやすい「所得税法」の授業』、木山博嗣、光文社新書、2014年
この本には、「長崎生保年金二重課税事件」以外にも興味深い判例がたくさん挙げられており、
実際にあった判例を考えながら所得税の課税体系を学ぶことができる本です。
「トクする/ソンする」といった、単なる節税面からではなく、
所得税法を理論的に考えたい方への入門書としてオススメいたします!
【スタッフ 佐藤龍】