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【判例】 非上場株式の評価に関する新たな視点 -アートネイチャー事件の射程-

会計事務所にとって、「取引相場のない株式」の評価は永遠のテーマです。

 

非上場会社の会社オーナーがなくなったときに、相続財産としてのその会社の株式を「相続」する場合。相続以外でも、オーナーの生前に事業承継を考えて後継者へ「譲渡」する場合。

他にも、株主から会社へと株式の「買取請求」により「譲渡」する場合や、相続により取得した株式に関して、会社から株主へ「売渡請求」により「譲渡」する場合・・・決して頻度は高くないものの、これらの場面は会社の経営権に影響する株式の問題であり、会社の経営状況によっては多額になることもあるため、法的手続きとともにその評価には慎重を期す必要があります。

 

しかし、ここで大きな問題があります。

それは、この評価方法について、条文上は「時価」とあるだけで、法律としては具体的なアプローチが定められていないことです。具体的には「財産評価基本通達」という「通達」で定められているのですが、通達は行政組織内部における上級行政機関から下級行政機関への命令であり、原則として法規の性質をもつものではありません。

 

財産評価基本通達によると、取引相場のない株式は、同族株主は原則的評価方式(類似業種比準方式又は純資産価額方式:評価額高め)、その他の株主は特例的評価方式(配当還元方式:評価額低め)によるのが普通です。

 

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しかし、上述のとおりこれはあくまで通達の定めであり、法的拘束力はないので、通達に定められている方法以外の他の評価方法で「時価」が算定できるのなら、その評価方法による評価額も認められるべきです。

 

実際、この評価方法については会社法上も議論になっており、様々な評価方法が提案されています。類似会社比準方法、DCF法、配当還元方式、収益還元法、簿価純資産法、時価純資産法・・・さらに、先に挙げた財産評価基本通達にある類似業種比準方式、純資産価額方式、配当還元方式と合わせ、驚くほどたくさんの評価方法に関する選択肢があることがわかります。

 

取引相場のない株式の「時価」は、その会社のその時点の状態を考慮し、上記の評価方法をそれぞれ吟味していずれかを選択し、評価額を算定する・・・そう考えるのが正当であるように思われます。

 

ところが、必ずしもそうとはいえないのが実際のところです。

納税者側が算定した評価額と、課税当局が算定した評価額が異なる場合、裁判所が支持するのは大体において課税当局による評価額、すなわち財産評価基本通達に定められている評価方法です。

もちろん争う事実はそれぞれ異なるのでひとくくりにすることはできません。

しかし、このような傾向が続くと、条文上の「時価による」という文言は形だけのものであり、もはや形而上学的な概念となった「時価」の算定などに労力を費やさず、唯々諾々と財産評価基本通達に従っていればよい・・・おそらく、非上場会社の株式の評価について真剣に考える人ならば、だれでも一度はそう考えたことがあるのではないでしょうか。  【注1】

 

なお、財産評価基本通達における配当還元方式と、会社法の議論における配当還元方式は全く別の評価方法です。後者の配当還元方式は、会社法の権威である江頭憲治郎先生が妥当な評価法として認めたとされたこともあり、両者の「意図的/非意図的なすり替え」が起こる土壌が存在したことについて言及されています。【注2】

 

そんな中、今年の2月に画期的な判決が出ました。

 

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アートネイチャー事件(アートネイチャー第三者割当増資に係る株主代表訴訟事件)

一 審: 東京地裁 H24. 3. 15  原審: 東京高裁H25. 1. 30 最判: H27. 2. 19

 

【概要】

平成16年3月、当時非上場会社であった株式会社アートネイチャーが、1株あたり1,500円で計4万株の新株を発行したことに対して、有利発行をしたことを理由として取締役の任務懈怠を理由に損害賠償責任として2億2,000万円の支払いを求めた株主代表訴訟。

損害賠償責任を認めた一審を取り消し、一審を相当とした原審を破棄。

 

アートネイチャーというと、「アデランス対アートネイチャー事件」という、有名な事件がありますが、それとは全く関係はありません。

 

最高裁の判決は、被告である取締役側の逆転勝訴。当時の新株発行価額の1,500円は「特ニ有利ナル発行価額」には当たらず、相当の価額であるとされました。

本判決は非常に興味深いので、少し長くなりますが判決理由の原文を一部引いておきます。

 

理由4(1)

非上場会社の株価の算定については、簿価純資産法、時価純資産法、配当還元法、収益還元法、DCF法、類似会社比準法など様々な評価手法が存在しているのであって、どのような場合にどの評価手法を用いるべきかについて明確な判断基準が確立されているというわけではない。また、個々の評価手法においても、将来の収益、フリーキャッシュフロー等の予測値や、還元率、割引率等の数値、類似会社の範囲など、ある程度の幅のある判断要素が含まれていることが少なくない。株価の算定に関する上記のような状況に鑑みると、取締役会が、新株発行当時、客観的資料に基づく一応合理的な算定方法によって発行価額を決定していたにもかかわらず、裁判所が、事後的に、他の評価手法を用いたり、異なる予測値等を採用したりするなどして、改めて株価の算定を行った上、その算定結果と現実の発行価額とを比較して「特ニ有利ナル発行価額」に当たるか否かを判断するのは、取締役らの予測可能性を害することともなり、相当ではないというべきである。

したがって、非上場会社が株主以外の者に新株を発行するに際し、客観的資料に基づく一応合理的な算定方法によって発行価額が決定されていたといえる場合には、その発行価額は、特別の事情のない限り、「特ニ有利ナル発行価額」には当たらないと解するのが相当である。

(下線部及び当該部分番号は佐藤による)

 

本記事の内容を考えると、この判決がいかに画期的であるか、おわかりいただけると思います。特に、下線部をつなげて読むと、取締役が行った「合理的な算定方法を尊重する」と解釈できます。非上場会社の株式の時価の算定は慎重に行うべきであり、その過程もきちんと評価されるのだ! と希望を抱くことができます。

 

・・・とはいえ、これが最高裁判決によって、上述の非上場株式の評価をめぐる傾向が一変するとは思えません。その理由は2つあります。

 

1.

本事件で争われている「評価」とは、あくまで「非上場会社による株主以外の者への新株発行」時の「評価」であること

 

2.

「客観的資料に基づく一応合理的な算定方法」の該当性や、 「特別な事情」の有無などについては明確な基準が提示されず、個別に検討すべきであること

 

また、本非上場株式の評価をしたのが原告、被告ともに私人であり、国税庁などの税務当局との争いではない事実も、本判決に影を落としているようにも思えます。

 

いずれにせよ、本判決は「結果論となりがちな非上場会社の株式価値(公正な価額)の裁判所による事後的な実質的判断という一審及び原審のアプローチを退け、新株発行時の取締役による発行価額決定手続きの合理性をその判断の基準とする」ものであり、「後知恵的に当時の「客観的な」株式価値を裁判所が決定すること」を否定した判例として、重要です。【注3】

上述の留保は付されるでしょうが、取引相場のない株式の評価をめぐる裁判において、今後言及されていく判例であると考えられます。

皆さん、相続や事業承継スキームにおいて、取引相場のない株式を評価する際はくれぐれも慎重になさってください。そして、もしも不安が残るようでしたら、難波事務所までご相談ください!

(スタッフ 佐藤龍)

 

【注1】

取引相場のない株式の評価の問題については多数の論文があります。代表的なものとしては、例えば以下のものを挙げておきます。

・金子宏「財産評価基本通達の合理性──同族株主の取得した取引相場のない株式の評価に関する二件の裁判例の検討」(『租税法理論の形成と解明 下巻』有斐閣、2010年)

・渋谷雅弘「種類株式の評価」『租税法の基本問題』674-693頁(有斐閣、初版第1刷、2007)

・渋谷雅弘「相続税における財産評価の法的問題」『公法学の法と政策 上巻』691-711頁(有斐閣、初版第1刷、2000)

・山田和江「取引相場のない株式の評価に関する会社法と税法の接点 」『納税者保護と法の支配 -山田二郎先生喜寿記念』135-175頁(信山社、第1版第1刷、2007年)

・江頭憲治郎「取引相場のない株式の評価」法学協会編『法学協会百周年論文集第3巻民事法』445-484頁(法学協会、初版第1刷、1983)

・今村修「株式評価の歩み」税大論叢第32号(1998)

 

【注2】

この経緯については、牧口晴一・齋藤孝一『非公開株式譲渡の法務・税務(第4版) 』中央経済社、 2014年(422-449頁)を参照。

本書は、非公開株式の実務上の問題点について、その歴史的経緯や具体的な解決方法がわかりやすく説明されていてオススメです。

非公開株式譲渡の法務・税務

第4版、出ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

非公開株式譲渡の法務・税務(第4版)

 

【注3】

アンダーソン・毛利・友常法律事務所 会社法 / M&Aに関するニュースレター

「アートネイチャー事件最高裁判決 (2015年04月13日)」 より。

【本の紹介】【判例】「長崎生保年金二重課税事件」のインパクト

江崎 鶴男

 

 

皆さんこんにちは。

東芝の「不適切会計」事件には驚きましたね。
会計業務に携わるものとして、襟を正す思いです。

脱税・粉飾は確かに大きな事件ですが、租税法には、それ以外にも重要な判例があります。
今回は、そのうちの一つ、「長崎生保年金二重課税事件」を紹介します。

(原審)長崎地裁:平成18年11月7日、福岡高裁:平成19年10月25日、最判:平成22年7月06日

 

 

今年の平成27年の1月1日から、基礎控除額の引下等が盛り込まれた改正相続税法が施行され、

世間では去年から相続税の話題が盛んです。
相続で不動産を取得したときには「時価」で評価されて相続税が課せられて、
その不動産を売却(譲渡)したときも「時価」でその不動産を評価して所得税が課せられます。

さて、皆さんは不思議に考えたことがありませんか?
これは相続税と所得税の二重課税ではないのか、と。

この問題について、租税法では、次のような関係になっています。

 

被相続人死亡時  →  相続税 (一時・偶発的な所得に対する課税。所得税は非課税)

物件売却時    →  所得税 (譲渡所得…被相続人の取得時からのキャピタル・ゲインに対する課税)

 

つまり、相続時に取得した財産に対する所得税は非課税とされており(9条1項16号)、

二重課税にならないような課税体系が構築されていることがわかります。

 

ところが、この体系からこぼれ落ちる課税関係がありました。

それが「年金特約付き生命保険」、一般的に「相続等年金」と呼ばれているものです。

一連の裁判では、この「相続等年金」の毎年の「受取額」と「元本部分の金額」の差額への課税関係が争われました。

結果、国税庁は過去30年にわたって行われていた、毎年の年金額を雑所得の課税対象とする取扱いが誤りであったことを認めました。

実務的な対応として、 最高裁の判例通り、差額部分の一部のみを課税対象とし、

改正法施行日から過去10年分の還付を認めるという、異例の措置が取られたのです。

 

正確には、「更正の請求」の規定通りの5年間に、

「特別還付金」として5年間の請求可能期間(平成12年分~平成17年分)が加えられました。

ただし、この「特別還付金」の請求期間は、改正法施行日の1年後である平成24年6月29日までとなっていますので、

平成27年7月現在では請求は不可能となっております。 ご注意ください。

【参考情報】 特別還付金の支給制度等について(国税庁) 

 

この事件及び判例は、2つの意味でとても大きな事件であると考えられます。

1つ目はその内容です。

上記のように、この裁判は所得税法9条1項16号の解釈に新たな光を当て、

相続税と所得税の関係についての根本的な理解の再考を促しました。
この事件は当時も非常に大きく扱われ、法律雑誌「ジュリスト」でも特集が組まれたほどです。

 

『ジュリスト 生保年金二重課税判例のインパクト 2010年 11/1号』、有斐閣

ジュリスト

ジュリスト、初めて買いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2つ目は、原告の立場、裁判の進め方です。
これほどの大きな影響のあった裁判ですが、原告は長崎の一主婦である相続人で、

220,800円の年金の源泉徴収額をめぐるものでした。

当裁判の補佐人となった税理士はその相続を扱った税理士で、税務訴訟専門の事務所のような、数十人の弁護士・税理士が所属するような大きい事務所ではありません。そんな中、担当税理士が「税理士補佐人制度」を積極的に活用して、最高裁の判例まで辿り着いた事件でもあります。
この裁判の過程は実にドラマチック。

最高裁判決に至るまでの逆転劇、市井の税理士の情熱、原告の税理士への信頼などは、

話としても実に興味深いものがあります。
これについては、担当税理士自らの筆によるこちらの本があります。

 

『長崎年金二重課税事件―間違ごぅとっとは正さんといかんたい!』、江崎鶴男、清文社、2010年
(何回読んでも、サブタイトルを正しく書くことができません・・・)

江崎 鶴男

「逆転勝訴」です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このように、大規模な粉飾や脱税事件ほどの派手さはありませんが、

租税法の事件・判例は、時に一般市民のオカシイ、という判断が、

それまでの慣例を覆すことがよくあります。

このような判例を学ぶことが税務訴訟を学ぶ醍醐味である、と言えます。

 

最後に、所得税法を課税実務からでなく、法律の面から解説する本として、

次の本を紹介します。

 

 

『弁護士が教える 分かりやすい「所得税法」の授業』、木山博嗣、光文社新書、2014年

木山博嗣

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この本には、「長崎生保年金二重課税事件」以外にも興味深い判例がたくさん挙げられており、

実際にあった判例を考えながら所得税の課税体系を学ぶことができる本です。

「トクする/ソンする」といった、単なる節税面からではなく、

所得税法を理論的に考えたい方への入門書としてオススメいたします!

【スタッフ 佐藤龍】

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